はじめに断っておきます。こちらの内容は多少乱暴に考察したものです。
1円の価値を高める最も有効な方法は、国民が投資を一切しないことだと考えます。投資には必ず金利やリスクが伴い、これが通貨の希薄化を招く要因となります。投資が活発な社会では、市場の変動やリスクを抑えるため、政府や中央銀行が金融政策や通貨供給の調整を行います。たとえば、2008年のリーマンショック後、各国は量的緩和政策を採用し、大量の通貨を発行しました。これは市場の安定を図るためでしたが、結果として通貨の価値は希薄化し、物価上昇圧力が高まりました。こうした調整は、投資がもたらすリスクの副産物とも言えます。
極端な例を挙げると、投資で大失敗し、生活保護に頼る人が増えたと仮定します。この場合、生活保護の財源は税金であり、税収を確保するために政府は通貨供給を増やす可能性があります。実際、日本では生活保護受給者数は約200万人(2023年時点、厚生労働省データ)で、その財源は国や地方の税金で賄われています。投資の失敗が社会保障の負担を増やし、間接的に通貨の希薄化を招くという連鎖は、投資社会の脆さを示していると言えるでしょう。投資を控えれば、こうしたリスクの連鎖を断ち切り、通貨の価値を安定させることが可能です。
投資の典型例として、長期的な株式投資を考えてみましょう。ある企業Aが連続で増収増益を達成したとします。その背景には、より高品質な製品を開発し、価格を上げて売上を伸ばしたケースが考えられます。このとき、問題となるのは、商品の価値が「人の価値観が時代によって異なる」ことです。
たとえば、1983年に発売されたファミコンは、当時の技術では革新的で、家庭でのビデオゲーム文化を築きました。一方、2017年のNintendo Switchは、携帯性や高性能を謳った製品ですが、ゲーム機という概念の延長線上に過ぎません。Switchの革新性は、WiiやDSの技術の融合にあり、集積回路の進化やグローバルな生産体制に支えられています。しかし、ファミコン時代は、半導体の生産技術が未熟で、グローバルなサプライチェーンも未確立だった中での挑戦でした。こうした背景を考えると、ファミコンの方が「真新しさ」や「将来性」において優れていたとも言えます。
株式市場では、企業の将来性や安定性を評価する指標(PER、PBRなど)が重視されますが、現代の市場は投機的な動きが目立ちます。たとえば、2021年のGameStop株の急騰は、企業の業績よりもSNSでの投機熱が主因でした(当時、株価は数週間で約20倍に)。こうした投機は、企業の本質的価値ではなく、見かけの数字を膨らませ、通貨の希薄化を助長します。なぜなら、株価の急騰は金融市場に過剰なマネーを引き寄せ、中央銀行が通貨供給を増やす口実となり得るからです。
さらに、現代の市場は飽和しつつあります。ゲーム業界を例にすると、世界のゲーマー人口は約30億人(2023年、Newzooデータ)で、既に上限に近づいています。新たな製品が出ても、既存の消費者を奪い合う構図になり、企業の成長余地は限られます。この状況で株価を上げるには、企業の本質的価値ではなく、通貨の希薄化による見かけの数字の増加に頼る傾向が強まります。結果として、通貨価値は下がり、物価が上昇します。たとえば、チロルチョコは1980年代に10円でしたが、現在は20~30円です。これは、原材料高騰だけでなく、通貨価値の低下(1970年代以降の累積インフレ率は約2倍、OECDデータ)が大きく影響しています。物価上昇は、投資社会がもたらす通貨価値の希薄化の象徴です。
投資で利益を得る人は確かにいます。しかし、その裏には損失を被る人が同等に存在し、税金の仕組み(譲渡益課税は損益通算可能だが、税金を考慮すると、負ける人が多い可能性があります)では、勝ち組が少数になりがちです。たとえば、日本の個人投資家の約60%が損失を経験しているとの調査(2022年、野村総合研究所)があります。現在の株価高騰は、資金が株式市場に集中しているための一時的な現象にすぎません。昨今の急落局面を見るように、換金の動きが一部で始まっただけで大きな損失が出ました。こうした急落は、投資のリスクが顕在化した例です。
投資が活発な社会では、市場の安定を求める圧力が高まり、通貨の希薄化が進みます。投資がなければ、価値は固定され、「仕事をして対価を得る」というシンプルで健全な経済の流れが保たれます。あるいは、投資を認めるとしても、株価の上下に頼らず、利益の配当還元だけで十分です。たとえば、配当重視の企業(例:日本のNTTは配当利回り約3%、2023年データ)は、株価の急変動を抑えつつ、投資家に安定したリターンを提供しています。株価の上下は、企業の本質的価値を反映せず、投機的な動きを助長するだけです。
そもそも投資は、資本家が効率的に資金を集める仕組みとして生まれました。19世紀の産業革命期、資本家は鉄道や工場に巨額の資金を投じ、投資家から資金を募りました。しかし、この仕組みは、労働者や一般市民の利益を最大化するものではなく、資本家の富を増やすためのものでした。現代でも、投資の恩恵は一部の富裕層や機関投資家に偏りがちです(例:世界の株式市場の50%以上を機関投資家が占有、2023年、Bloombergデータ)。投資を控え、仕事と対価のシンプルな経済に戻ることで、通貨価値を守り、公平な社会を築けるのではないでしょうか。
何より、昔の給料とたいして変わるわけでもないのに、当時のお金の価値が下がっていくように感じられるのは悲しいです。ついでに言うと中抜きビジネスも希薄化の一部です。ただしこれがまったくなくなると職につけない層が必ずうまれます。中抜き=悪といわれぬよう適切な価格設定と中身が必要なのです。通貨についても同じです。固定の価値観があればそれだけで強い信頼感が生まれるはずです。